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オタクの戯言

オタクが思うがままに書き連ねていく、とりとめのないブログです

原作を既に全巻持っていた私が、今更ながら『聲の形』を観た感想(感想・ネタバレ)

アニメ レビュー 感想 映画 漫画

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はじめに

当ブログに初めてお越しのかたは初めまして、定期的に来てくださっているかたはいつもありがとうございます。あにおです。


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入場者プレゼントをスキャンしたものです。どうやら週によって違うものが配られるようで、私が貰ったのは初週に配られるものみたいです。



私は普段、基本的には原作を既に所持している場合、そのアニメは観ないようにしています。

それは、別に原作至上主義というわけではなく、自分が読んでいる時に想像していた声が違ったり、内容を悪い形で改変されていたりするのに抵抗があるためです。

また、既に原作を読むことで、先を知ってしまっているということから、初見の時のあのワクワク感がないというのも大きな理由となっています。

そのため、「聲の形」も当初は観るつもりはなかったのですが、周りで結構評判が良かったのと、少し前にやっていた特集で、山田尚子監督がこだわって作っている様子が放送されていたので、それならば・・・と先日観に行ってきました。

今回は、そんな厄介な原作ファンである私が観ても、ちゃんと楽しめたのか、僭越ながら、忌憚のない意見を書いていこうと思います。

それでは、最後までお付き合いいただければ幸いです。

まず何より、背景が美しい

内容に触れる前に、かなり印象深く残っているのが、恐ろしく丁寧に描かれている背景についてです。

まるで本当にそこにいて、肌で感じているかのような錯覚に陥るほど、草木が揺れる様子や、川に日の光が反射してキラキラと輝く様子などが細かく表現されていました。

そこに効果音が入ることで、本当にリアルなものとなっていて、それがこの物語をより現実感のあるものへと昇華させていたのではないかなと思います。

しつこいようですが、4DXではないのにあのリアリティ。本当に素晴らしかったです。

内容としては、原作よりもいくらかマイルドに仕上がっていた

さて、肝心の内容ですが、この作品は、原作を読んでいる人ならわかる通り、テーマ自体が重めで、およそ少年誌に相応しくないような、えぐい表現も多々あります。

そんな表現が、あくまでも原作よりはですが、いくらか和らいでいるように感じました。

意図的にそうしている場面があったのはもちろんの事、尺の都合上、原作の描写を多々カットしていたため、全体的に重さが軽減されたというのもあるのだと思います。



正直なことを申しますと、私個人としては、原作のあのどうしようもない重さ、苦しさをできるだけそのまま表現して欲しかったという想いがあります。

というのも、そうすることで、この作品の肝である、被害者と加害者、加害者と被害者、そしてその周りの人達の心の機微が、より強く伝わってくると感じたためです。

もっとも、和らいでいたといっても、本当にごくわずかなもので、重要なシーンは一通り網羅されていたように思います。

そう考えると、私と違って、あまりにも重苦しいと観ていてシンドイという人には、かえってあれくらいのほうが色々と伝わって良かったのかもしれません。

言ってみれば、カレーの辛さをどうするか、みたいなものなので、カレーそのものは美味しかったのです。つまり、映画そのものが悪かったわけではなく、「重さ」というスパイスをどうするかという感じで、あくまでも好みの話と捉えていただければ幸いです。

大まかな流れは原作通り、だけど・・・

前述したように、表現はいくらか和らいでいましたが、内容それ自体はほぼ原作通りでした。

幼少期の話から、高校生へと話がシフトし、将也と硝子がおっかなびっくりながらも、関係を再構築していく中で、昔の仲間や現在のクラスメートとの関係もまた、変化していく様が丁寧に描かれていました。

最後こそ若干違っていましたが、それも別に嫌な改変などではなく、あくまでも自然な流れでああいう終わり方になったんだろうなと、そう納得できるような終わらせ方でした。



ということで、全体的に良くできていたのですが、一つだけここは削って欲しくなかったという部分があります。

それは、「将也たちがみんなで映画を作る」というシーンです。

確かに、このシーンを入れるとなると、今より30分以上は尺が必要になるでしょうし、より登場人物の関係性や、心の動きについて細かく表現しなければならず、かえって散らかってしまうのかもしれません。

しかし、このシーンがないと、将也が橋の上で全員にきつく当たり、それまで築き上げた、関係性という抽象的なものと、映画という具体的なものをそれぞれ壊してしまうという、ある種の台無し感が薄まってしまいます。

また、硝子がそれをきっかけに、今まで感じていた自分に対する絶望感を決定的なものとして、自殺にまで至ってしまったという悲惨さも、いくらか薄まってしまい、どこか説得力に欠けていたように思えました。

その後、硝子が必死になって「自分が壊してしまったものを取り戻したい」と永束に訴え、奔走するシーンも、原作を読んでいたせいもあって、どこか物足りなかったです。

この作品で、真柴だけが少し浮いてしまっていたのも、映画撮影の描写が丸々カットされていたからですし、ここはできれば削らないでほしかったなというのが正直なところです。

これは恋の物語ではない。だから主題歌にaikoは失敗だった?

原作を読んだ人はもちろんのこと、映画を観終わった人であれば、これが恋愛をテーマとした作品ではないということが、良くわかっていると思います。

もちろん、そういった描写も少なからずありますが、あくまでも副次的なもので、メインはあくまでも不器用でもどかしい、心と心のやり取りなのではないでしょうか。

そうだとすれば、一般的に恋愛のイメージが強いaikoさんの曲を、その主題歌に起用するというのはミスリードとなる可能性が高く、お世辞にも良いとはいえません。

曲のタイトルにもなっていますし、歌詞にもある「恋をしたのは」というワードもまた、恋愛を彷彿とさせ、この作品が恋愛メインであるかのような印象を強く受けます。

曲そのものは、非常に素晴らしいのです。素晴らしいのですが、この作品には合っていないと、映画を観終わってエンドロールが流れている時に改めて思った次第です。

おわりに

原作を持っている身として、実際に映画を観てみてどう思ったのか、正直に書いてみましたがいかがだったでしょうか。

一部否定的な意見というか、苦言を呈しはしましたが、あの原作を映画という限りある時間の中でここまで表現したのは、素晴らしいの一言に尽きます。

私が個人的にオススメなのは、まず劇場版を観た上で、表現に拒絶反応がなければ、原作で補完というのが、一番良いように思います。

現在、来場者特典が付くようですし、まだ観に行っていないという人は試しに観に行ってみて、自分に合っていると思えたなら、原作を購入してみてはいかがでしょうか。


長くなってしまいましたが、最後まで読んでいただいてありがとうございます。

それでは、またのお越しをお待ちしております。