オタクの戯言

オタクが思うがままに書き連ねていく、とりとめのないブログです

私が世の中の大半は本気でいじめをなくす気がないと考える理由と解決策

スポンサーリンク

はじめに

当ブログにお越し頂き恐悦至極に存じます。あにおです。


f:id:aniota-alvarado:20170615231428j:plain

最近に限った話ではありませんが、ニュースで度々「いじめ」について取り上げられることがあります。

ここ数年は被害者が自殺するケースも多く、その度に心を痛めているのですが、それと同時にある疑念が浮かぶようになりました。

それがタイトルにある、「いじめをなくす気がないのではないのではないか」という考えです。

本日は、私がそう考える理由と、解決策について考えを吐き出してみようと思います。


それでは、最後までお付き合いいただければ幸いです。

「いじめ」という表現について

まず、真っ先に思うのがこの「いじめ」という単語についてです。

たまに言及している人もいますが、表現それ自体が生温く行為の問題性をぼやけさせてしまっています。



また、この「いじめ」という単語は加害者が強く、被害者は弱いというイメージを与えてしまいます。

事実、虐めるという言葉を調べてみると、以下の説明が出てきました。

1 弱いものを苦しめ、痛めつける。つらく当たる。さいなむ。「小犬を―・める」「同級生によってたかって―・められる」
2 ことさらに厳しく扱う。「トレーニングでからだを―・める」
出典:デジタル大辞泉

そのせいで、被害者がまるで恥ずかしいことのように感じてしまい、なおの事言い出しにくい雰囲気を作ってしまっていると思うのです。



この問題の解決策は非常に簡単で、世間、特にマスコミがたまに行う「言葉狩り」をすればいいのです。

これまでも普通に使われてきていたはずの言葉が、ある日突然「差別用語」として禁止になったり、「放送禁止用語」扱いとなったりすることで、使いにくい雰囲気が漂うという事が何度もありました。

これと同様の事を「いじめ」という単語にも適用し、きちんと「殺人」、「傷害」、「暴行」、「恐喝」といった言葉に置き換えるべきなのです。

その結果、今まであった被害者が恥ずかしいという誤った認識はなくなり、犯罪行為を行った加害者こそが恥ずかしい存在だという認識が大人だけではなく子供にも広がる可能性があります。

発覚した場合の罰則や処罰の存在

次に私が思うのは、「いじめ問題」に対する教育現場のとらえ方です。

よく耳にする話ではありますが、いじめが発覚した場合校長や教頭の評価が下がると言われています。

事実、毎日新聞の2006年の記事では「教委に報告すると学校経営能力にバツがついて相対評価が下がる」という、都内校長の話が掲載されていたようです。

現在は記事が削除されているようなので、私は以下のサイト様を参考にしました。
d.hatena.ne.jp
つまり、いくら担任が報告したとしても、発覚を恐れた学校(校長や教頭)が隠ぺいしてしまう可能性が高いという事です。



この事実を受けてかは知りませんが、2013年9月28日に「いじめ防止対策推進法」が施行されましたが、罰則は設けられておらず形骸化しています。

もっとも、私は例え罰則があったとしてもあまり効果はないと考えています。

もちろん全員が全員そうというわけではありませんが、人は怒られる、罰せられる可能性がある場合、それを避けようとする傾向があります。

そのため、もし「いじめがある」ことを理由に処罰されるのであれば、なかったことにしようと考える恐れがあるからです。



ではどうすべきか。先に結論だけ言うと「賞金を与える」ようにすれば良いのです。

いじめの事実を隠蔽し、解決に努めようとしないケースが多い理由に、「あってはならない」という考えが根底にあるという記事を拝見しました。
agora-web.jp
「あってはならない」から発覚すれば評価が下がるという考えになるのでしょう。

しかし、実際はそうではなく「あるけど見つけにくい」。だから「見つけただけでも凄い」し、その分「解決すれば」なおのこと凄いのです。

その正当な見返りとして、見つけた場合は賞与として○○円、更に解決した日にはプラス○○円とし、もちろん評価も上がるようにすれば隠ぺいされることも少なくなるでしょう。



お金のためにやるなんておかしい、心から解決したいと思う気持ちが大切だと思うかもしれませんが、悲しいかなそれだけでは何も変わらなかったという事をこれまでの悲劇が証明しています。

むしろ、お金のためにやる気を出すというのはわかり易いですし、いじめ問題が発覚すると教師の負担が更に増えることになるので、その分の上乗せがあるのは当然だと考えます。

その上で、逆にお金欲しさにいじめ問題をねつ造することがあれば、処罰するというようにすれば良いのです。

いじめを原因とする自殺の取り扱い

こちらは、いじめを原因に自殺にまで発展してしまった場合に限りますが、その報道の仕方からも本気でなくそうと思っていないように見受けられます。

というのも、日本のマスコミがWHOの「自殺予防に関するメディア関係者のための手引き」を守っているとは思えないためです。

  • 努めて、社会に向けて自殺に関する啓発・教育を行う。
  • 自殺を、センセーショナルに扱わない。当然の行為のように- 扱わない。あるいは問題解決法の一つであるかのように扱わない。
  • 自殺の報道を目立つところに掲載したり、過剰に、そして繰り返し報道しない。
  • 自殺既遂や未遂に用いられた手段を詳しく伝えない。
  • 自殺既遂や未遂の生じた場所について、詳しい情報を伝えない。
  • 見出しのつけかたには慎重を期する。
  • 写真や映像を用いることにはかなりの慎重を期する。
  • 著名な人の自殺を伝えるときには特に注意をする。
  • 自殺で残された人に対して、十分な配慮をする。
  • どこに支援を求めることができるのかということについて、- 情報を提供する。
  • メディア関係者自身も、自殺に関する話題から影響を受けることを知る。

出典:厚生労働省ホームページ

感じ方は人それぞれですが、私はこの手引きの半分も守れていないと感じています。

このせいで、いじめが苦しい→自殺という手段しかないと考える子供も少なからずいるのではないでしょうか。



なお、これについては具体的な解決策はなく、ただ声をあげ続けて問題視する声が多くなることを期待するしかないのが現状です。

おわりに

以上の問題点について、そこまで議論が活性化していないという現状から、実は大半は本気でいじめをなくす気がないんじゃ・・・と考えたというわけです。

私も過去にいじめられたことがあるので(最近のような酷いものではありませんが)、もしかすると被害者とその関係者くらいしか本気で考えていないのかもしれませんね。

この記事を読んだあなたが、真剣にいじめ問題について考えるきっかけになれば良いなと思っています。



長くなってしまいましたが、最後まで読んでいただきありがとうございました。

それでは、またのお越しをお待ちしております。