オタクの戯言

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「聲の形」の漫画を先に読んでいた私が映画を観てどう思ったのか書きます(感想・ネタバレ)

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はじめに

当ブログにお越しいただき恐悦至極にございます。あにおです。

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出典:映画「聲の形」来場者特典(2016、大今良時・講談社/映画聲の形製作委員会)

原作を所持していたため、公開当初は観るつもりがありませんでした。

が、周りで結構評判が良かったのと、少し前にやっていた特集で山田尚子監督がこだわって作っている様子が放送されていたので先日観に行ってきました。

今回は、原作ファンである私が観てもちゃんと楽しめたのか、僭越ながら忌憚のない意見を書いていこうと思います。


それでは、最後までお付き合いいただければ幸いです。

※長々と読んでられない!という場合は目次の「忙しい人のためのまとめ」から飛んでください。

まず何より背景が美しい

内容に触れる前にかなり印象深く残っているのが、恐ろしく丁寧に描かれている背景についてです。

まるで本当にそこにいて肌で感じているかのような錯覚に陥るほど、草木が揺れる様子や川に日の光が反射してキラキラと輝く様子などが細かく表現されていました。

そこに効果音が入ることで本当にリアルなものとなっており、それがこの物語をより現実感のあるものへと昇華させていたのではないかなと思います。

しつこいようですが、4DXではないのにあのリアリティ。本当に素晴らしかったです。

内容としては原作と比較するといくらかマイルドに仕上がっていた

肝心の内容ですが、この作品は原作を読んでいる人ならわかる通りテーマ自体が重めで、およそ少年誌に相応しくないようなエグい表現も多々あります。

そんな表現があくまでも原作よりはですが、いくらか和らいでいるように感じました。

意図的にそうしている場面があったのはもちろんの事、尺の都合上、原作の描写を多々カットしていたため全体的に重さが軽減されたというのもあるのだと思います。



正直なことを申しますと、原作のあのどうしようもない重さ、苦しさをできるだけそのまま表現して欲しかったという想いがあります。

そうすることでこの作品の肝である、被害者と加害者、加害者と被害者、そしてその周りの人達の心の機微がより強く伝わってくると感じたためです。


もっとも、重さが軽減されていたというのは本当にごくわずかなもので、重要なシーンは一通り網羅されていたように思います。

そう考えると、私と違ってあまりにも重苦しいと観ていてシンドイという人には、かえって色々と伝わって良かったのかもしれません。

言ってみればカレーの辛さをどうするかみたいなものなので、カレーそのものは美味しかったのです。

映画そのものが悪かったわけではなく、「重さ」というスパイスをどうするかという感じであくまでも好みの話と捉えていただければ幸いです。

大まかな流れは原作通りだけど改変に不満がある部分が一つあった

前述したように、表現はいくらか和らいでいましたが内容それ自体はほぼ原作通りでした。

幼少期の話から高校生へと話がシフトし、将也と硝子がおっかなびっくりながらも関係を再構築していく中で、昔の仲間や現在のクラスメートとの関係もまた変化していく様が丁寧に描かれていました。

最後こそ若干違っていましたがそれも別に嫌な改変などではなく、あくまでも自然な流れでああいう終わり方になったんだろうなとそう納得できるような終わらせ方でした。



ということで全体的に良くできていたのですが、一つだけここは削って欲しくなかったという部分があります。

それは、「将也たちがみんなで映画を作る」というシーンです。


確かに、このシーンを入れるとなると更に30分以上は尺が必要になるでしょうし、より登場人物の関係性や心の動きについて細かく表現しなければならず、かえって散らかってしまうのかもしれません。

しかし、このシーンがないと将也が橋の上で全員にきつく当たり、それまで築き上げた関係性という抽象的なものと映画という具体的なものをそれぞれ壊してしまうという、ある種の台無し感が薄まってしまいます


また、硝子がそれをきっかけに今まで感じていた自分に対する絶望感を決定的なものとし自殺にまで至ってしまったという悲惨さもいくらか薄まってしまい、どこか説得力に欠けていたように思えました。

その後、硝子が必死になって「自分が壊してしまったものを取り戻したい」と永束に訴え奔走するシーンも、原作を読んでいたせいもあってどこか物足りなかったです。

この作品で真柴だけが少し浮いてしまっていたのも映画撮影の描写が丸々カットされていたからですし、ここはできれば削らないでほしかったなというのが正直なところです。

これは恋の物語ではない。だから主題歌にaikoは失敗だった?

原作を読んだ人はもちろんのこと、映画を観終わった人であればこれが恋愛をテーマとした作品ではないということが良くわかっていると思います。

もちろんそういった描写も少なからずありますが、あくまでも副次的なものでメインはあくまでも不器用でもどかしい心と心のやり取りなのではないでしょうか。


そうだとすれば、一般的に恋愛のイメージが強いaikoさんの曲をその主題歌に起用するというのはミスリードとなる可能性が高く、お世辞にも良いとはいえません。

曲のタイトルにもなっていますし、歌詞にもある「恋をしたのは」というワードもまた恋愛を彷彿とさせ、この作品が恋愛メインであるかのような印象を強く受けます。

曲そのものは非常に素晴らしいのです。素晴らしいのですが、この作品には合っていないと映画を観終わってエンドロールが流れている時に改めて思った次第です。

忙しい人のためのまとめ

  • 映像美は流石京都アニメーションといった感じで、物語をリアルに感じさせるのに一役買っていた
  • 内容は原作よりも若干軽くなっていて、改変部分も基本的には映画に合わせた良い改変だった
  • 「みんなで映画を作る」という一連の流れだけはカットして欲しくなかった
  • この作品は「恋」がメインではないので、ミスリードの可能性があるaikoさんの曲を主題歌にしたのは間違いではないか

おわりに

原作を持っている身として実際に映画を観てみてどう思ったのか、正直に書いてみましたがいかがだったでしょうか。

一部否定的な意見というか苦言を呈しはしましたが、あの原作を映画という限りある時間の中でここまで表現したのは素晴らしいの一言に尽きます。

私が個人的におすすめなのは、まず劇場版を観た上で表現に拒絶反応がなければ原作で補完という流れです。

まだ観ていないという人は試しに観に行ってみて、自分に合っていると思えたなら原作を購入してみてはいかがでしょうか。



長くなってしまいましたが、最後まで読んでいただいてありがとうございます。

それでは、またのお越しをお待ちしております。

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