オタクの戯言

オタクが思うがままに書き連ねていく、とりとめのないブログです

「イヴの時間」は普通の映画にはない不思議な魅力が詰まった作品だった(感想・ネタバレ)

スポンサーリンク

はじめに

当ブログにお越しいただき、恐悦至極にございます。あにおです。

f:id:aniota-alvarado:20180427184223p:plain
出典:イヴのブログ~『イヴの時間』公式blog~(吉浦康裕、2010)

この作品に出会ったのは、動画配信サービスで「サカサマのパテマ」を観たのですが、同じ監督の作品という事でおすすめされたのがきっかけです。

観終わって今までにない感覚というか、これはまた凄い映画だったなという感想を抱いたので、その気持ちを何とか文章化してみたいと思います。


それでは、最後までお付き合いいただければ幸いです。

※長々と読んでられない!という場合は目次の「忙しい人のためのまとめ」から飛んでください。

設定自体は今であれば特に珍しいものではなかった

人ではなくアンドロイドが普及した世の中で、そのアンドロイドにまつわる事件が発生する。

こういう設定というか導入は今ではそこまで珍しいものではなく、そこからどう展開させていくかで評価は変わってくると思います。



その点、本作は冒頭かなりのスローテンポで入っていき、リクオがサミィの行動記録に異変を感じて調べるところで物語が大きく動き出しそうな気配がします。

しかし、実際にその記録を辿っていきついた先はただの喫茶店(イヴの時間)で、何か事件に巻き込まれるとかサミィを始めとするアンドロイドが反旗を翻すとかそういう事は一切ありません。

この段階で観ている自分としては肩透かしを食らったというか、つかみどころのない展開に「あれ?」という思いを抱かずにはいられませんでした。



設定も珍しいものではなく、物語もドラマチックな展開があるわけでもなさそう。

正直この冒頭の雰囲気から「そんなに面白い作品ではないのかも」という感想を持ってしまっていましたね。

わかり易く盛り上がるような演出がないのに面白いという凄い作品

とはいえこれは映画ですから、普通はこのあと終盤にかけて一気に状況が変わり、最大の山場を迎えて無事収束みたいな演出があるのでしょう。

そんなことを予想しながら観ていましたが、結論からいうとそういった事もなくあっさりと終わりました。

一応、マサキと彼の家にいるアンドロイドとの間にあった問題が、イヴの時間と関わるようになったことで無事解決するという山場はありましたが、そこがメインかというと違うはずです。



ただし、映画特有の一気に盛り上がって収束するという展開がなかったのは、この作品が元々映画用として作られたわけではないからという可能性があります。

あとから調べてみて分かったのですが、ネットで公開した全6話を編集した完全版がこの映画という位置づけのようなのです。

淡々としていた中にもそれぞれのドラマのようなものがあったのは、そういう理由だったみたいですね。納得です。



さて、私は散々「映画特有の盛り上がりはない」と言ってきましたが、だからといって面白くなかったかというと決してそういうわけではありません。

「アンドロイドが普及している世界」をイヴの時間という空間を中心に描かれていた。

ただそれだけのはずなのに何故かとても面白かったんです。これは本当に不思議でした。

その理由をあとから考えてみたのですが、おそらく先ほどもちょっと触れた「淡々とした中にそれぞれのドラマが描かれていたから」というのが個人的にはしっくりきます。



この世界ではアンドロイドはあくまでも人間の“道具”であり、人に似ているからとはいえ所詮“もの”でしかないというのが一般的な認識です。

そのため、アンドロイドを殊更特別扱いする考えは「ドリ系」と揶揄され、普通からは外れた考えという位置づけになるようでした。

そんな中、イヴの時間では人間もアンドロイドも区別なく扱うというのがルールとなっていて、店内では誰もが“平等”です(アンドロイドは普段頭の上に人間と区別できる印が浮かびますが、店内では消えています)。

このルールにより店内は“非日常”となり、日常では起こり得ないようなドラマが生まれます。

リクオを始めとする常連客それぞれのドラマが静かに、一定のテンポで展開されていくからこそ不思議な面白さがあったんでしょう。

人とアンドロイドを区別しないという考えは色々と考えさせられた

前述した通りイヴの時間では人間とアンドロイドを区別することなく、“平等”に扱う事がルールとされています。

触れ合う対象が何者なのか一切気にせずありのままを受け入れるというこのルールは、とても理想的で優しい世界といえるでしょう。

いってみれば相手の心と向き合うということですから、純粋なコミュニケーションは観ていてとても心地よく映りました。



これはこの世界における理想の形に私は見えたのですが、我々の生きる現実社会にも通じるものがあると思います。

私達は生きていく中で知らないうちに色々な物を抱え、その抱えたものを通じてコミュニケーションを取りがちです。

大きなものでいえば人種だったり性別だったり、小さい物でいえば属しているコミュニティだったり。

そういったものを全て取っ払って、ただ純粋に目の前の相手と向かい合う。

そんな事が現実社会でもできれば良いのにね、というメッセージでもあるのではないかと、そんなことを観ていて考えさせられました。

忙しい人のためのまとめ

  • 設定自体珍しいものではなく、導入の段階ではそこまで面白そうという感じがしなかった
  • 淡々とした中にそれぞれのドラマが描かれていて、不思議な面白さがあった
  • 人間とアンドロイドを区別しないという考えは、現実社会の理想でもあるように感じた

おわりに

なんだかあれこれと講釈を垂れましたが、一言でいってしまえばただ純粋に「面白かった」です。

私が普段観ているものが、大抵一番の盛り上がりポイントがあってそれが収束して終わる。みたいな流ればかりだったため、かなり新鮮だったんですよね。

最初は淡々としていてなんだかなーと思うかもしれませんが、そのまま観続けていれば面白さに気付ける。

そんなスルメのような作品なんじゃないかなと思っています。

続編を作ろうと思えば作れる終わりかただったので、是非続きを!!



長くなってしまいましたが、最後まで読んでいただきありがとうございました。

それでは、またのお越しをお待ちしております。

Copyright © 2016-2018 オタクの戯言 All rights reserved.